メールマガジン「Nutrition News」 Vol.110
第15回ダノン健康栄養フォーラムより
健康づくりにおける運動の役割 -科学的エビデンスから実践へ-
独立行政法人国立健康・栄養研究所 健康増進研究部
部長 宮地 元彦 先生
第15回ダノン健康栄養フォーラムより
健康づくりにおける運動の役割 -科学的エビデンスから実践へ-
独立行政法人国立健康・栄養研究所 健康増進研究部
部長 宮地 元彦 先生
我が国は世界で1、2を争う長寿国です。しかし、健康寿命(自立した生活ができる生存期間)は、平均寿命より男性で9歳、女性で13歳も短いことが分かっています。健康寿命を阻害する要因の1つに生活習慣病やがんなどがありますが、最近は高齢者を中心に、病気ではないけれど「最近足腰が弱い」「転んで骨折して寝たきりになった」「膝や腰が痛くて外出するのが億劫」などのケースが増えています。このような運動器の問題を「運動器症候群(ロコモティブシンドローム:通称ロコモ)」と呼び、メタボリックシンドローム(メタボ)と並んで国民的な理解を深める取り組みが進められています。
ロコモと身体活動
ロコモティブシンドロームの定義は「運動器の問題により介護のリスクが高まった状態」です。支柱の部位である「骨」、曲がる部位である「関節」、動かす部位である「筋肉、神経」の大きく3つの問題が関連します。これらの部分に痛みや機能低下が起こるのがロコモです。QOLが低下し、外出にも不都合が生じるため生活活動が制限され、ひいては要介護状態になることにもつながります。
膝や腰の痛みは加齢に伴って増えるものですが、本当に加齢だけがロコモの原因なのでしょうか?ロコモも、糖尿病や肥満、その先にある循環器疾患などと同様に生活習慣病であることが、最近の疫学研究もはっきりしてきました。ということは、ロコモも予防が可能であり、予防が必要であり、生活習慣の改善で治すこともできるということです。そして、ロコモを考える上で特に重要となるのが「身体活動」なのです。
体を動かすことを総じて身体活動(physical activity)と言います。身体活動は「運動」と「生活活動」の2つから成っています。運動は「健康増進や体力向上、楽しみなどの意図を持って余暇時間に計画的に行われる活動」と定義されています。具体的には、スポーツをしたりフィットネスクラブに行ったりすることなどですが、働き盛りの世代で余暇時間に運動できている人は少ないでしょう。しかし、運動ができない人は体を動かしていないのかというと、そうではありません。日常生活を営む上で必要な労働や家事に伴う活動(生活活動)をしているからです。かつては、健康のためにはエアロビックダンスのような運動をしなければいけないと思われていましたが、最近、例えば街をぶらぶらするだけでも健康づくりに良いことが分かってきました。ですから、専門家の皆さんには、運動指導ではなく身体活動の支援・指導をしていただきたいと思っています。専門家でない方には、スポーツクラブに行かなくても、家の近くを散歩したり買い物に行ったりするだけでも健康になれることを知って欲しいと思います。
健康づくりのための身体活動基準・指針2013
日本人の歩数は、ここ10年間で、全ての世代において約1,000歩も減っています。1000歩=10分なので、10分間歩く時間が減っているということです。体重65kgなら約30kcal/日使わなくなっています。「30kcalなんてご飯2口分ではないか」と思われるかもしれません。しかし、この30kcalが365日続けば約10,000kcalになります。1kg=7,000kcalなので、10年前の日本人よりも今の日本人は1.5kg/年くらい太りやすい身体活動状況にあるということです。
こういった状況を踏まえ、健康日本21(第2次)では、身体活動分野について3つの目標が立てられました。「歩数の増加(1,000~1,500歩の増加)」「運動習慣者の割合の増加(約10%の増加)」住民が運動しやすいまちづくり・環境整備に取り組む自治体の増加(全ての都道府県)」です。その取り組みを支えるためには、どれくらい動くべきかという基準を示し、国民に周知し、具体的な取り組みについてアドバイスしなければいけません。そこで、健康日本21(第2次)を推進するためのツールとして新しい身体活動基準・指針が作られました。これは2006年に策定した運動基準を7年ぶりに改定したものです。覚えていただきたいのは、家事でも散歩でも通勤でも仕事でも何でも良いので「歩行またはそれと同等以上の身体活動を1日60分」行おうということと「息が弾み汗をかく程度の運動を週あたり60分」行えばなお良いということです。この基準は、実は従来のものと変わっていません。これまで「メッツ・時」と表現していたのを「1日60分」「週60分」と分かりやすくしたことがポイントです。また、従来のものにはなかった高齢者の基準も作られました。「座ったままでなければどんな動きでもよいので、身体活動を毎日40分」というものです。隣のおじいちゃんと立ち話しをするのでも、花に水をやるだけでも、お母さんに「おーい、お茶」と言わずに自分で入れるだけでも、何でも良いので体を動かしましょう、ということです。
また、体を動かす時間を1日2~3分増やすだけでも、死亡のリスクが0.8%、認知症やうつやロコモのリスクが2.2%も減ることが分かっています。時間は増えれば増えるほど良く、30分増やせば認知症やうつ、運動器障害のリスクは20%も減ります。年数にすると2年~2年半ぐらい発症を遅らせることができることが分かっています。しかし、効果があるからといって「今より30分増やしましょう」という目標を作っても、忙しい日本人には実践できない方が多いでしょう。そこで、全ての世代に向けて、心理的バリアが低く、ある程度の効果も期待できる「今より毎日10分長く歩く」という基準を新たに作りました 。
新しい身体活動指針(アクティブガイド)
この新しい身体活動基準に基づき、新しい身体活動指針(アクティブガイド)を作りました。大きく「+10から始めよう!」と書かれています。「+10(プラステン)」は「どんな形でも良いから今より10分余分に体を動かそう」というメッセージです。10分歩いても、5分を2回でも、2分を5回でも、1分を10回でもかまいません。1週間で60分まとめて取り組んでも良いでしょう。
「+10」は、全ての人に届けるメッセージですが、それでもやはりできない人もいれば、簡単すぎると感じる人もいると思います。そこで、アクティブガイドでは、フローチャート式のチェックに基づいてセグメント化し、セグメント別のアドバイスを出しています(図1)。
図1 健康のための身体活動チェック
アクティブガイド―健康づくりのための身体活動指針―(厚生労働省)より抜粋
チェックの結果「1」になった方には、身体活動基準でありながら、体を動かすことを促してはいません。人間の行動を変えるためにまず大事なのは「認知する」ということだからです。「体を動かす機会や環境はあなたの身の回りにたくさんあります。それがいつなのか、どこなのか、ご自身の生活を振り返ってみましょう」というメッセージです。
「4」に該当するような元気な方について、これまではあまり触れられてきませんでした。しかし、実はここに該当する方は、我が国の健康づくりにおいてとても重要な存在です。「つながる」という役割を担って欲しいのです。1人でやれば1つの「+10」ですが、2人でやれば2つの「+10」になります。身の回りにいる人が支えになり、身体活動の増加につながります。1人でも多くの人を「散歩に行こう」「買い物に行こうよ」と誘って、つながっていただきたいと思っています。
アクティブガイドではFacebookページを開設しており、「+10」の根拠や、「+10」を実践する工夫などについて投稿しています。それにコメントを書き込んでいただければ、意見交換の場になります。専門家の皆様にはぜひこのようなコミュニティに参加し情報を収集していただきたいと思います。また、今後こういうものを使って普及・認知を図り、1人でも多くの人が10分多く体を動かす、より健康的な日本を作っていきたいと思っています。