第21回ダノン健康栄養フォーラムより
パネルディスカッション 在宅ケアにどう取り組むか?(後編)
関東学院大学 栄養学部 管理栄養学科 教授 / 公益社団法人日本栄養士会 常任理事
田中 弥生
武庫川女子大学 生活環境学部 食物栄養学科 教授 / 一般社団法人日本在宅栄養管理学会 理事長
前田 佳予子
医療法人正翔会 ながお在宅クリニック
熊谷 琴美司会:神奈川県立保健福祉大学 学長 / 公益社団法人日本栄養士会 会長
中村 丁次
メールマガジン「Nutrition News」vol.190に続き、パネルディスカッション「在宅ケアにどう取り組むか?」の後半の内容をご紹介します。
在宅ケアにおいて管理栄養士が持ちたい視点とは…? 中村丁次先生と、異なる立場で在宅ケアに携わり、活躍されている3人の先生方によるディスカッションは必見です。
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医療法人正翔会 ながお在宅クリニック
熊谷 琴美
地域包括支援センターとの連携と居宅療養管理指導
介護予防の取り組みを進める上で、地域包括支援センターとの連携は非常に重要です。具体的には、地域ケア推進会議に参画したり、地域包括支援センターが行う家族会で栄養講座を開いたり、センター長と一緒に老人会を回って食事の重要性を伝えるなどしています。また、地域包括支援センターの利用者で栄養状態やADLに問題がある方については、月1回のペースで3か月間訪問し、問題点などを行政にも報告し、改善のためのミーティングを行っています。地域包括支援センターの利用者を訪問した結果、独居世帯が56%、低栄養リスクあり・低栄養群が72%、プレフレイル・フレイル群が88%と高い割合で見られました。介入時と3か月後を比較すると、MNA®-SF(Mini Nutritional Assessment-Short Form:簡易栄養状態評価表)、簡易フレイルインデックス、たんぱく質充足率において有意な差が見られました。これらのことから、総合事業対象者や要支援の方に管理栄養士が介入することは低栄養やフレイルの予防につながると考えられます。
居宅療養管理指導では、利用者の生活を支えるために他職種との連携が欠かせません。当クリニックの専門職(がん看護専門看護師、言語聴覚士)とのミーティングの他、事業所の介護支援専門員を訪問するなどして利用者の事例検討や情報共有を行っています。また、医師会のITツールを利用して、訪問看護師や、薬剤師、ケアマネージャーともやりとりをしています。最近ではヘルパーが嚥下食を作るケースが非常に多くなっており、サービス提供責任者から「作り方を教えてほしい」という要望が多く寄せられます。そのため、ヘルパーと同行訪問を行い、ゲル化剤の使用方法や、冷凍保存の方法、献立の組み立て方などの具体的な支援も行っています。
事例紹介① 自立生活の支援につなげることができた事例(70歳代男性、脳出血後遺症)
事例紹介② 看取りの事例(70歳代男性、筋萎縮性側索硬化症、要介護度4)
この方は、2週間前には酸素投与にて車いすに移乗し、リビングで好きな物を食べていました。会話もしっかりできるなど進行はゆるやかでした。しかし、その後呼吸苦が出現し、NIPPV(人工呼吸器)を使うようになってからは飲みこむことが困難になるなど、病状が急激に進行しました。本人も介護者である奥様も現状が理解できておらず、体と心が乖離した状態でした。そのような中でも「食べたい」という気持ちは強くお持ちでしたが、点滴でしか栄養が摂れないような状況で、ADLも著しく低下していました。エネルギー消耗を考慮し、少量でエネルギーを摂れるような調理方法、季節の野菜のポタージュの調理指導、食べたがっていたラーメンを安全に食べるための調理方法の指導を行いました。その後、奥様からいただいたお手紙には、指導へのお礼とともに、“主人は「ひと手間をかけるとこんなにおいしいのか」と喜んで完食いたしました。また来てくださることを楽しみにしております”と書かれていました。本当に嬉しいお言葉でした。しかし、その後容体が急変し、逝去されました。2回目の訪問の2日前でした。在宅で看取りをする段階では、1日1日が勝負です。利用者に対してできるこ
とを、色々な職種と話し合いながら支援を行うことが重要だと思います。
在宅ケアにおいて私が大事にしていることは、食事を作ること、食べることの支援です。「生活を支える」「自立を支える」「日々の食事を楽しむ」「貴重な時間の共有」といった多角的な視点から管理栄養士の専門性を生かした支援していきたいと考えています。
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ディスカッション
中村先生:3名の先生方に貴重なご体験を発表していただきました。何かご質問はありますか。
フロアより:私は、管理栄養士の資格は持っていますが、医療や介護の実務経験がありません。私のような経験がない者にも何かきっかけが欲しいのですが、どのようにお考えでしょうか。
前田先生:ぜひチャレンジしていただきたいです。ライセンスがなくても在宅訪問栄養指導を行うことはできますが、やはり一定レベルのスキルは必要ですので、セミナー等を受講し、受験をし、事例を出していただいて、在宅訪問管理栄養士などの認定を受けていただくと良いと思います。
中村先生:学会や研修会に出ることは、自分の技術を高める方法として非常に良いと思います。ぜひやってみてください。頭で考えるだけでは前に進みません。実際に行動することが大事なんです。
田中先生、栄養ケアステーションの取り組みが広がっていかない理由は端的に言って何でしょうか。
田中先生:まず挙げられるのは、他職種連携が上手くないことです。また、経営的な力も欠けているかもしれません。ステーションをしっかりと自分で経営管理していこうという気持ちを持って取り組んでいただきたいと思います。
中村先生:まず友達を作ることですね。これは簡単なようでとても難しいことです。専門職種は同業の中にしか友達を作らない習性があるようですが、これを打破しないと、なかなかチーム医療を進めることはできません。
前田先生、在宅指導が伸びていかない理由はいろいろあると思いますが、緊急性のある課題のうちできそうなことは何でしょうか?
前田先生:まず、病院から出て行っていただくことです。退院時カンファレンスに出席して在宅につなぐことが大事です。入院された時には退院支援を視野に入れて患者の栄養管理をすることが重要かと思います。
中村先生:熊谷先生、先生のクリニックの院長は、なぜあなたを雇いましたか?
熊谷先生:管理栄養士を雇うことが、クリニックの宣伝になると思います。また、先生方が説明しづらいところを管理栄養士がフォローし、それが後の診療に影響してくることもあり、そのような点を評価してくださっています。
中村先生:院長はあなたを雇ったことで病院の経営が困難になるなどと言いませんでしたか?
熊谷先生:採算が合わないと言われることもありますが、介護支援専門員の方は、管理栄養士がいるからと当クリニックに利用者を紹介してくださいます。それがクリニックの収益にもつながっていると聞いています。
中村先生:今の話はとても大事なことです。病院で働いている管理栄養士は、事務局長や院長に「管理栄養士を増やしてほしい」ということだけを言いがちです。その施設に管理栄養士を雇うメリットを、きちんと数字を出して説明すると良いと思います。
では、最後に一言ずつ、フロアのみなさんに元気の出るメッセージをお願いします。
田中先生:在宅ケアにおいては、病院で栄養食事指導を行った患者さんがどのように自宅に戻り、その後の生活しているのかというところを心配する気持ちが大切だと思います。そして、病院の中、福祉施設の中、地域に栄養ケアステーションを出していっていただくことを望んでいます。
前田先生:管理栄養士にとって、在宅ケアはこの10年が勝負だと思っています。「ここに在宅訪問管理栄養士あり!」と言えるような、“かかりつけ管理栄養士”になっていただきたいと思っています。
熊谷先生:行政も医師会も、管理栄養士を重要視してきています。また、今後通いの場に専門家が配置されることも決まっています。この波に乗り、管理栄養士の介入による効果という点でしっかりと結果を出していくと良いのではないかと思います。
中村先生:ありがとうございました。結論は「とにかく外に出る」ということです。外に出て、外で新しい職場を作るという決意が大切だと思います。ではこれで終わりたいと思います。