第20回ダノン健康栄養フォーラムより
スポーツ科学の基礎知識 ー温熱とトレーニングー
順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科 教授/研究科長
内藤 久士 先生
近年のスポーツ科学領域のトピックを見てみると、体を温めるということが運動による健康効果を説明するのに興味深いモデルであることが分かってきました。そのひとつが「熱ショックたんぱく質(Heat Shock Protein:HSP)」です。HSPは温度の上昇(通常より+3~5℃、40℃以上)や様々なストレスによって誘導されるたんぱく質です。「ストレスプロテイン」とも呼ばれており、たんぱく質の合成を補助したり、たんぱく質をストレスから防御したり、ダメージを受けたたんぱく質を修復したりすることで、細胞の恒常性を維持する役割を果たしています。
ストレス耐性と交差耐性
温熱負荷の骨格筋に対する効果
・筋肥大への効果
我々は、筋を肥大させるためには温熱負荷と筋力トレーニングを組み合わせた方が効果的なのではないかと考えました。そこで、ヒトの筋を用いて調べたところ、トレーニングのみを行うよりも温熱を加えながらトレーニングを行った方が、たんぱく質の合成を亢進する細胞内のシグナルが多くなっていることが分かりました。骨格筋は、それ自身の収縮によっても温度が上がることから、これまで経験に基づいて行っていた「ウォームアップ」の効果も理にかなったものであると考えられます。
・筋肉痛の軽減
アスリートにとってパフォーマンスの低下やトレーニングの妨げになるもののひとつが、トレーニング後の筋肉痛です。激しい運動をすると、骨格筋の構造が壊れて炎症が起こることで痛みが生じるのです。これについても、事前の温熱負荷が筋の一次的な損傷を防いで筋力低下を抑制するとともに、筋肉痛を軽減することを示唆する結果が得られています。
・耐糖能の改善
2型糖尿病の改善に運動が重要である理由として、運動することによって血中のグルコースを筋の中に取り込む働きが高まり、インスリンを節約できることが知られています。そこで我々は、体温の上昇を伴う運動をする場合と体温が上がらないような環境で運動する場合とで、糖の取り込みに関与する細胞内の物質の発現量がどう違うかを動物を使った実験で調べました。すると、糖の取り込みに関与する物質の発現量は、体温の上昇を伴う運動をすると、運動そのものの時よりも大きいという結果が得られました。健康づくりにおいて、運動によって筋を動かすことはもちろん大切なことですが、少し体温が上がるような運動する方が効果的であることが示唆されます。
スポーツ・医科学領域における”温熱”の可能性
温熱負荷は、疾病予防や機能回復、リハビリテーション領域で経験的に行われてきた手技の理論的な裏付け、怪我の早期回復や筋肉痛の軽減、耐糖能の改善の他、加齢や安静、無重力下での筋委縮の予防、トレーニング効果の増強や競技パフォーマンスの向上など、スポーツ・医科学領域の様々な面で応用できる可能性を秘めていると言えるでしょう。