2025年4月1日発行
メールマガジン「Nutrition News」 Vol.257
第26回ダノン健康栄養フォーラムより
パネルディスカッション 後編:腸内細菌と心身の健康(質疑応答)
司会:
国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 大内 尉義 顧問
昭和女子大学 飯野 久和 名誉教授
パネリスト:
公益社団法人日本栄養士会 会長 / 神奈川県立保健福祉大学 中村 丁次 名誉学長
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 ヘルス・メディカル微生物研究センター 國澤 純 センター長
慶応義塾大学 先端生命科学研究所 福田 真嗣 特任教授
国立長寿医療研究センター もの忘れセンター 佐治 直樹 客員研究員
東京大学大学院 農学生命科学研究科 食の安全研究センター 免疫制御研究室 八村 敏志 教授
大内:日本は世界でもトップクラスの長寿国ですが、一方で平均寿命と健康寿命の差がなかなか縮まらないという現状があります。また、国連においても2021年から2030年までを「Decade of Healthy Aging(健康長寿のための10年間)」とするなど、“健康寿命をいかに延ばすか”は世界共通の課題となっています。そこで、パネルディスカッションの後半は、健康長寿(Health Aging / Healthy Longevity)と食、腸内細菌叢との関連について議論したいと思います。
ヘルシーエイジングと腸内細菌
大内:まず福田先生に伺います。腸内細菌叢は加齢によって変化するのでしょうか。また、変化する場合はどのような要因によるのでしょうか。
福田:免疫老化(※1)や細胞老化(※2)によって腸内細菌叢が変化することが分かっており、70~80代の日本人の腸内細菌叢では、大腸菌のグループの菌の割合が若い人と比べて多くなることが報告されています。本来そのような菌は腸管内でIgAなどによって抑制されていることも分かってきています。食の変化も関連するとは思いますが、このような宿主側の加齢変化に応じて腸内細菌叢が変化すると考えられます。
※1免疫老化…加齢とともに免疫機能が低下すること
※2細胞老化…細胞が分裂回数の限界を迎え、分裂を停止すること
大内:佐治先生にお伺いします。腸内細菌叢の変化が寿命および健康寿命に影響を及ぼすという機序はあるのでしょうか。
佐治:各疾患との関係で考えてみると、その可能性はあるだろうと思います。例えば認知症の発症に関連する異常たんぱく質であるアミロイドβは、腸内細菌叢の変化によって蓄積が増えることが報告されています。アミロイドβは認知症を発症する15~20年前から蓄積し始めることから、早い段階で腸内細菌叢に介入することで認知症による死亡リスクの低減に寄与する可能性があると考えられます。同様に、他の疾患においても腸内細菌叢の変化との関連について興味深いデータが出てくる可能性はあると思います。
大内:國澤先生のご講演で、バクテロイデスが“肉食系”、プレボテラが“草食系”と例えられていました。高齢者のフレイル予防の観点からたんぱく質摂取の重要性が強調されていますが、元気な高齢者の腸内にはバクテロイデスが多いなどの傾向はあるのでしょうか。
國澤:エンテロタイプ自体が健康長寿に影響するわけではありませんが、短鎖脂肪酸を作る菌がいることによって腸が良い状態を保っているということは重要だと思います。腸が良い状態であれば、食べたものを十分に消化・吸収し、栄養にすることができます。そのような意味で、“短鎖脂肪酸を作れる腸内環境であること”が長寿の秘訣の1つとして言えるのではないでしょうか。
大内:八村先生、腸管免疫という視点からは、エイジングとの関連についてどのようなことが分かっているのでしょうか。
八村:マウスの腸管免疫系は加齢によって明らかに機能低下を起こすことが分かりました。“プロバイオティクス=腸内細菌”ではありませんが、プロバイオティクスには感染防御作用や、ワクチンの効果を高める作用なども報告されていますので、そういった面から健康長寿に役立つことができるのではと考えています。
大内:健康長寿のためには食だけでなく運動も大切ですが、運動をすると腸内細菌叢に良い影響を与えるなどのエビデンスはあるのでしょうか。
福田:腸内細菌叢の多様性が高まるなど、運動が腸内細菌叢に良い影響を与えることは論文でも報告されています。一方、私たちは腸内細菌が運動、特に持久力に影響を与えるのではないかという仮説のもと、青山学院大学の駅伝選手の腸内細菌を調べました。その結果、選手の腸内にはBacteroides unifromisという腸内細菌がいて、その菌が腸内で産生した短鎖脂肪酸が持久力を向上させることが動物試験や臨床試験で分かりました。運動は腸内細菌に影響を与え、また、腸内細菌も人間の運動機能に影響を与える、という双方向の効果があると考えられます。
中村:これまで私たちは、1つの理想的な食事のモデルがあるのではないかと考え、検証してきました。しかし、多種多様な民族が同じような食事を目標にするのは困難です。これからの栄養学においては、多種多様で膨大なデータを総合し、AIの力も借りながらそれを個別化していくという作業が必要になってくるのではないかということを、今日、先生方のお話しを聞きながらつくづく感じました。管理栄養士・栄養士の仕事は今後ますます重要になっていくでしょう。
大内:今日のフォーラムを通して、腸内細菌が様々なメカニズムで生体に影響を及ぼしていることがわかりました。また、病態の改善や創薬にも応用されているというお話しを伺い、腸内細菌の研究が非常に進んでいることを実感しました。ヘルシーエイジングという観点からも、腸内細菌は今後さらに重要な分野になっていくのではないかと思います。