2025年3月3日発行
メールマガジン「Nutrition News」 Vol.256
第26回ダノン健康栄養フォーラムより
パネルディスカッション 前編:腸内細菌と心身の健康(質疑応答)
司会:
国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 大内 尉義 顧問
昭和女子大学 飯野 久和 名誉教授
パネリスト:
公益社団法人日本栄養士会 会長 / 神奈川県立保健福祉大学 中村 丁次 名誉学長
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 ヘルス・メディカル微生物研究センター 國澤 純 センター長
慶応義塾大学 先端生命科学研究所 福田 真嗣 特任教授
国立長寿医療研究センター もの忘れセンター 佐治 直樹 客員研究員
東京大学大学院 農学生命科学研究科 食の安全研究センター 免疫制御研究室 八村 敏志 教授
大内:ここからは、本日ご講演いただいた講師の先生方と中村丁次先生にご登壇いただき、パネルディスカッションを行います。前半は飯野先生の司会で腸内細菌と心身の健康について会場からのご質問にお答えし、後半は私の司会で腸内細菌と健康長寿との関係について議論していきたいと思います。
Q.アレルギーの治療と腸内細菌
会場から:食事について考える上で、アレルギーの問題が気になっています。先生方のご研究のなかで、アレルギーの治療につながるような知見があればご紹介ください。
八村:本日の講演でご紹介したように、プレバイオティクスやプロバイオティクスの摂取でアレルギー反応が抑制されることが示されています。医薬品と誤認されるような効果効能を一般の食品に表示することは薬機法によって禁止されているため、アレルギーの治療効果を謳った食品は販売されていませんが、機能性表示食品などで「鼻の症状を緩和する」などの表示があるものには、アレルギー症状を緩和するような機能性が期待できると考えられます。効果には個人差もありますので、ご自身に合ったものを見つけてみてはいかがでしょうか。
國澤:八村先生がおっしゃるように、食品によるアレルギーの治療は法規制などの観点からも難しいと思います。そこで、私たちは今、EPAの代謝物から作った化合物をアレルギーの創薬につなげるような研究を行っています。まずは皮膚のアレルギーをターゲットに、塗り薬としてその化合物を使用するところから実証例を作り、最終的にはそれを飲み薬にして腸管アレルギーを含む他のアレルギーにも展開していければと思っています。
福田:アトピー性皮膚炎のイヌに健康なイヌの腸内細菌を移植するとアトピー性皮膚炎が改善するという実験結果が示されており、腸内細菌がアレルギーにも影響することがわかってきています。腸内細菌を介したアレルギーの治療について、うまく社会実装できれば皆様のお役に立てるのではないかと考え、現在研究開発を進めているところです。
飯野:まだ道が遠いところもありますが、近い将来いろいろできるようになるかもしれないということです。症状の緩和が期待できる市販の食品から自分に合ったものを見つけてみてはというアドバイスもありましたので、情報を仕入れて栄養指導に活かしていただければと思います。
Q.“やせ”の問題にどう向き合うか
会場から:最近、やせのお子さんへの栄養指導が増えてきました。神経性食欲不振症などでご飯が食べられず、栄養指導に困るケースも少なくありません。ご講演の中で、腸内細菌がメンタルヘルスにも関わるというお話しがありましたが、このような栄養指導に活かせる知見があればご紹介ください。
國澤:私たちが海外のグループと行った研究で、免疫が異常になってくると食の嗜好性も変化することが示唆されています。具体的な関連性は分かっていませんが、腸が悪くなると食も悪くなり、食が悪くなるとさらに腸が悪くなる……というような負のループがあるのではないかと考えられています。ただ、「じゃあどうしたらいいか」については今後の課題かと思います。
飯野:栄養指導の話ですので、日本栄養士会の中村先生からアドバイスがあればお願いします。
中村:近年、低出生体重児の増加が深刻な問題となっており、その背景には、母親における拒食症や妊娠中のダイエットなどがあると考えられています。母親の誤った食事によって低出生体重児が生まれるという状況を改善するためには、母親への教育が必要です。私も大学病院に勤務していたときに、たくさんの拒食症の患者さんを診てきました。大切なのは、患者さんの社会的な背景や家庭的な背景などを総合的に捉えた上で栄養指導を行うことです。患者さんの多くは栄養の知識が豊富であるにも関わらず低栄養に陥っています。患者さんとの間に「この管理栄養士さんの話は真実だ」と思って聞いてもらえるような信頼関係を築くことができれば、解決の糸口が見えてくるのではないでしょうか。
会場から:ありがとうございます。今日のお話しを聞いて、栄養状態をよくするために腸内環境を改善するという指導の在り方もあるのではと思ったのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
中村:拒食症で低栄養状態にあるときに焦って食事を食べさせようとすると、リフィーディング症候群(※)を引き起こすことがあり、これによって死亡したケースも報告されています。低栄養状態では消化機能も低下しているので、まずは消化吸収の良いものから徐々に与えていって、必要に応じて静脈栄養も検討し、そのような介入の結果をしっかりとモニタリングしながら栄養食事療法を進めていくのがよいのではないかと思います。
飯野:今日のご講演では、肥満や糖尿病を抑制するブラウティア菌についてのお話しがありました。また、腸内環境をよくするためには食事の多様性が重要だというお話しもありましたので、そのようなことも患者さんに理解していただきながら、「食べられるようになったら色々なものを食べていきましょう」というお話しができたらいいですね。
※リフィーディング症候群…慢性的な栄養不良が続いている状態で急激な栄養補給を行うことによって生じる代謝合併症。心不全や不整脈、意識障害などの症状が現れる。