2025年2月3日発行
メールマガジン「Nutrition News」 Vol.255
第26回ダノン健康栄養フォーラムより
食による免疫調節と腸内細菌
東京大学大学院 農学生命科学研究科 食の安全研究センター 免疫制御研究室 教授
八村 敏志 先生
腸は栄養素を吸収する器官であると同時に、最大級の免疫器官でもあります。腸内には病原微生物、食物・食品成分、腸内細菌などが存在しています。体にとって異物ともいえるこれらのものに常にさらされている腸では、有害な病原微生物などは排除し、必要な食品成分や腸内細菌は排除しないような免疫のしくみが発達したと考えられています。
腸内細菌は免疫系と密接な関係があり、腸内細菌がないと腸管免疫系の発達不全につながるほか、IgA(免疫グロブリンA)という抗体の産生が低下したり、食べたものに対する免疫反応を抑制する「経口免疫寛容」が誘導されにくくなったりすることなどが明らかになっています。
アレルギーと免疫
免疫系において重要な役割を果たすT細胞にはいくつかの種類があり、それぞれ異なる働きをしています。アレルギーには、そのうちのTh2細胞が関わっていることが知られています。Th2細胞が抗原を認識すると、IgE抗体が産生され、マスト細胞とくっつきます。ここにさらにアレルゲンがくっつくとマスト細胞が活性化し、ヒスタミンなどの炎症性物質を放出します。この仕組みは本来、寄生虫に対しての防御反応として発達したものといわれています。しかし、T細胞のバランスが崩れてTh2細胞が強くなってしまうと、本来無害なはずの花粉や食物に対してIgE抗体が過剰に産生され、アレルギーの症状が引き起こされるのです。
① プレバイオティクスによるアレルギー抑制
私たちの研究で、卵白アレルギーモデルマウスのエサの中に難消化性オリゴ糖の一種であるラフィノースを添加したところ、IgE抗体の低下が見られました。また、Th2細胞から分泌され、IgE抗体の産生を誘導するIl-4(インターロイキン4)も低下していたことから、ラフィノースの経口摂取によってTh2細胞の反応が抑えられることがわかりました。難消化性オリゴ糖は、腸内細菌を介してTh1細胞を増やすことが知られています。Th1細胞が増えたことで崩れていたT細胞のバランスが改善され、アレルギー反応の抑制につながったと考えられます。
また、最近の研究では、高食物繊維食を摂取することで、腸内細菌によって作られた酪酸が制御性T細胞(免疫応答を抑制する働きを持つ)を誘導することで炎症抑制につながることも明らかになっています。
② プロバイオティクスによるアレルギー抑制
腸管の樹状細胞は非常に制御性T細胞の誘導能力が高いことが分かっています。そこで私たちは、アジアの伝統的な発酵乳であるケフィアからとった乳酸菌について、樹状細胞に対する効果を調べてみました。すると、乳酸菌の添加によってマウスの腸管の樹状細胞で制御性T細胞の誘導因子の発現量が増加することが分かりました。
ヒトにおいても、乳酸菌を使った発酵飲料の摂取で花粉症の症状が改善され、その際に制御性T細胞が増加していることも示されています。
感染防御と免疫
細菌などによる感染を防ぐために重要な役割を果たしているのが、IgA抗体です。IgA抗体は、粘膜面において病原体などが体内に侵入するのを防いでいます。プレバイオティクスのフラクトオリゴ糖、プロバイオティクスのビフィズス菌や乳酸菌は、このIgA抗体の産生を誘導することが知られています。
また、IgA抗体の産生は全身の粘膜面で共通に起こることが知られており、ヒトにおいても 乳酸菌の経口摂取によって、唾液中のIgA抗体の産生が増強されるとともに気道感染症による発熱日数が減少するなどの結果が報告されています。
慢性炎症と免疫
加齢や肥満によって引き起こされる慢性炎症は、糖尿病など様々な病気の発症に関わっていることが分かっています。これを腸管免疫系の力で抑制できないかということで、私たちは漢方に含まれるβ-elemeneという化合物に着目しました。高脂肪食を与えた肥満モデルマウスでは、脂肪組織において炎症性のサイトカインが上昇します。しかしβ-elemeneを投与すると、体重は減らなかったものの、これらのサイトカインを抑制することが分かりました。β-elemeneは腸管の樹状細胞に直接作用して制御性T細胞を誘導し、それが脂肪組織で働くことによって炎症を緩和すると考えています。
一方、高脂肪食を与えたマウスに乳酸菌を経口投与した場合にも、脂肪組織における炎症指標が下がることが分かりました。しかし、この場合は制御性T細胞には変化がありませんでした。肥満になると、腸管に炎症が起こることによってバリア機能が低下し、腸内細菌叢が乱れる“ディスバイオーシス”を引き起こします。乳酸菌の摂取によってディスバイオーシスを解消して腸管の炎症を抑えることで、バリア機能が増強し、脂肪組織における炎症抑制につながったのではないかと考えています。
このように、食品成分は、腸管の細胞や免疫細胞への直接的な作用と、腸内細菌やその代謝物を介した間接的な作用の両面から免疫を調節し、さまざまな形で私たちの健康に影響をおよぼしているのです。