2025/01/30

Vol.255 (3) 健康・栄養に関する学術情報 「廃棄食品からのアップサイクルで作られる培養肉の可能性」

メールマガジン「Nutrition News」Vol.255  2025年2月3日発行
健康・栄養に関する学術情報
「廃棄食品からのアップサイクルで作られる培養肉の可能性」

2050年には世界人口が97億人になると予想されています。

人口が増えることや経済の発展により食肉需要が高まるとされていますが、食肉生産で生じる環境負荷が懸念されています。

そこで、持続可能な新しい食肉生産技術として提案されているのが「培養肉」です。

今回は、培養肉の生産の中でも、「廃棄食品からのアップサイクルで作られる培養肉の可能性」について述べられている論文をご紹介します。

※アップサイクル…廃棄物や不用品を新たな価値を加えた製品に再生する手法。“創造的再利用”ともいわれる。

食肉市場における培養肉の将来

2011年に培養肉生産は従来の畜産業と比べて環境負荷を大きく削減させることが報告され、2013年には、培養肉の試食会が開催されたことで培養肉に大きな注目が集まった。その後、多くの研究プロジェクト、ベンチャー企業が生まれ、現在に至るまで培養肉の生産技術の研究開発は盛んになっている。

いくつかのコンサルティング会社が将来の食肉市場の規模を算出している。その数値はレポートによって大きく異なるが、将来、これまでの食肉文化がなくなるわけではなく、2040年付近では従来の食肉、植物由来代替肉、培養肉が共存する市場になることが予想されている。

廃棄食品から新しい食品を作るアップサイクルの試み

食品産業全体における課題のひとつが「廃棄物の発生」である。食品廃棄は環境に負荷をかけると同時に、資源の無駄や経済的な負担となる。従来の食肉加工・販売における廃棄物は、畜産副産物と呼ばれる臓器、骨、皮などの部位や、期限切れ、規格外などの理由から生まれるものを含む。

2001年に施行された食品リサイクル法により、廃棄物の再活用が推進されており、上記の廃棄物は主に肥料や飼料に使われるほか、畜産副産物としてもいくつか活用先がある。

著者らは廃棄物にアミノ酸やビタミン、微量元素、成長因子、細胞外マトリックスなど細胞培養に有効な成分も含まれることから、既存の肥料や飼料としての利用方法だけではなく、廃棄物を培養肉生産に利用することが、従来の食品産業における廃棄物の問題、食肉不足の問題、環境負荷の問題を解決する培養肉生産システムになるのではと考えた。

培養肉に必要な材料

培養肉生産は大きく分けて、細胞の分離・精製、拡大培養、立体組織化の3つの工程がある。そしてこれらは培養液と足場材料を用いて作られる。

細胞増殖を可能にするには、基礎培養液に成長因子等を加えることが必要となるが、一般的にはウシ胎児由来の血清が使用されており、これが高価であることが培養肉生産における大きな課題のひとつとなっている。それに対し、さまざまな培地の改良法が検討されている。

また、立体組織化においては、足場材料を使う方法と使わない方法があるが、より自然の肉に近い筋繊維を持つ培養肉を目指す場合は足場材料が必要となる。現在は足場材料として動物由来のものが使われているが、将来的にはリコンビナントの製品に変えることも可能だ。しかし、現状ではリコンビナント製品の方が価格は高く、アルギン酸に細胞の接着因子を結合させることでこれらの代替に使うことも検討されている。

このように培養肉生産に使う材料のコストが問題だとされているが、廃棄食品からこれらの材料を得ることができれば比較的低価格で済み、コストの問題解決にもつながると考えられる。

廃棄食品を使った培養肉製造

廃棄物から培養肉を生産する手法は研究レベルでは既に検討されており、培養肉生産における課題のひとつ、ウシ胎児血清の代替については豚の血漿の加水分解物がその可能性を持つことが報告されている。

また、足場依存で増殖する細胞、培養肉の場合には筋芽細胞だが、それを撹拌浮遊培養するためには足場となるマイクロキャリアが必要となる。すでに食品廃棄物である鶏卵の殻の膜のタンパクからマイクロキャリアを作る手法が報告されており、これを用いて筋芽細胞の培養に成功した例がある。

著者らも筋肉から抽出される液体成分を培養液に加えることで、成長因子の代替としてウシ筋芽細胞の成長の促進、さらに筋管への分化能の維持の効果があることを示した。筋肉抽出液を調べた結果、筋肉の再生に関わる成長因子が含まれており、これらがウシ筋芽細胞の成長に影響したと考えている。

また、再生医療分野において培われた組織工学の技術がこれまで培養肉分野に応用されてきたが、他にも廃棄物を利用した培養肉生産で応用できる可能性を持つ技術があり、著者はこれらを積極的に応用していくべき、と述べている。

今後の課題

・廃棄物の品質の安定性

廃棄物を培養肉生産の材料として用いる場合、廃棄物それぞれの廃棄される理由や時期などが異なるため、品質のばらつきが大きくなることが予想されるため、品質の安定性が課題となる。

・消費者受容

日本国内で培養肉の市場を作っていく上で、消費者の受容性にも注意を払う必要がある。

すでに廃棄食品から作られているアップサイクル食品が販売されていることからも、廃棄食品から培養肉を作る場合は比較的受容される可能性がある。今後定められるルールに基づき、科学的な安全性の根拠も示すことで受容性の問題を解決できると考える。

・ルール

ここ数年、培養肉の販売におけるルールが制定されたり、実際に販売されたりする例が出てきており、培養肉の市場が作られつつある。

最も早く認可が下りたのはシンガポールで2020年12月より販売を開始。続いて2023年6月にアメリカでも2社が米国農務省の承認を得て販売が可能となった。他にも培養肉のような新しい食品に対する規制がすでに定まっている国があるが、日本ではこういった規制はまだできていない。(2024年3月現在)

まとめ

著者は「食肉加工・販売で生じる廃棄物に着目したが、他の種類の廃棄物にも培養肉生産に応用できる成分が含まれている可能性がある。こういった研究開発の事例はまだ少なく、未発展の領域である。食品製造業がそれぞれで抱える廃棄物処理、再利用における課題の状況把握を十分に行い、その廃棄物を利用する細胞培養技術の開発を行っていく必要がある。廃棄食品から培養肉を作ることができれば新たな価値創造となり、無駄になる食品、環境負荷の削減が実現できるアップサイクルシステムになるだろう。」と述べている。



環境の負荷を減らすために様々な取り組みや研究が進む昨今、私たちが普段の生活においてもできることがあります。その一つが必要なものを必要な分だけ求めることではないでしょうか。また、手放す際は「捨てればゴミ(廃棄物)、分ければ資源になる」ということを知り、実践することで食品ロスをはじめとした廃棄物を必要以上に増やさない心がけができるとよいですね。

詳細は下記論文をご参照下さい。

田中龍一郎・坂口勝久.廃棄食品からのアップサイクルで作られる培養肉の可能性.生物工学会誌2024. 第102巻 第9号 456-459.2024

本論文はオンライン公開されており無料で閲覧出来ます。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/seibutsukogaku/102/9/102_102.9_456/_pdf/-char/ja

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