2024年11月1日発行
メールマガジン「Nutrition News」 Vol.252
第26回ダノン健康栄養フォーラムより
ヒトの健康と腸内細菌
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所
医薬基盤研究所 副所長
ヘルス・メディカル微生物研究センター センター長
國澤 純 先生
近年、食品のもつ様々な健康効果が明らかになってきました。しかし、同じものを同じだけ食べたときに誰でも同じ効果があるかというと、そこには個人差があります。その個人差が生じる要因が学術的に明らかにされるにつれ、個人差を考慮した、その人に適した食の在り方を提案できる「精密栄養学(Precision Nutrition)」という概念が注目されるようになりました。腸内細菌は今、その決定要因の1つとしてさらに注目されるようになっています。
腸内環境にもダイバーシティ
腸内細菌叢の型(エンテロタイプ)は、大きく「バクテロイデス型」「プレボテラ型」「ルミノコッカス型」の3つに分けられます。それぞれの型には長年の食生活が影響しているといわれており、バクテロイデス型はタンパク質や脂質の摂取が多い“肉食系”、プレボテラ型は食物繊維や糖質の摂取が多い“草食系”、ルミノコッカス型はその中間の“雑食系”の腸内細菌叢とされています。しかし、同じエンテロタイプに属していても人によって腸内細菌叢には大きな違いがある中で、どのような腸内環境が理想的といえるのでしょうか?
ポイントは“腸内細菌の多様性”です。腸内細菌も人間と同じで“ダイバーシティ”が重要なのです。たとえ善玉菌であっても、特定の偏った菌が優勢になっているような腸内細菌叢はディスバイオーシスといわれ、様々な病気の原因になることが指摘されています。
多様性のある腸内環境にするためには、バランスよく食べることが重要です。毎日の食事は、私たちの体にとって栄養となるだけでなく、腸内細菌のエサにもなります。偏った食事では、それをエサにする腸内細菌ばかりが増え、多様性は低くなってしまいます。一方で、色々な食材を含むような食事をすると、それぞれをエサにする腸内細菌が増えてくるため、多様性が高まります。
なお、腸内細菌のエサという観点で重要なのは、食物繊維です。食物繊維を腸内細菌が分解することによって短鎖脂肪酸が作られることが分かってきたからです。短鎖脂肪酸は腸が蠕動運動をするためのエネルギー源の1つとなります。さらに、免疫機能を整えたり、脂肪をつきにくくしたり、有用菌を増やして腸内環境を改善したりと、生体に非常に重要な役割を果たすことが分かっています。
“良い菌がいる”から“良い菌が働ける”を考える時代へ
短鎖脂肪酸の1つである酪酸が作られるまでには、次の3つのステップがあります。
第1ステップ:納豆菌や糖化菌などが、食物繊維などから糖を作る。
第2ステップ:乳酸菌やビフィズス菌などが、糖から乳酸や酢酸を作る。
第3ステップ:プロピオン酸菌や酪酸菌が、乳酸や酢酸からプロピオン酸や酪酸を作る
例えば腸内にビフィズス菌が少ない人の場合、第2ステップで働く菌が少ないため、糖を使って酢酸を作ることができないリスクが高くなります。その場合、第3ステップで働く酪酸菌がいたとしても、材料となる酢酸がないために酪酸を作ることができません。つまり、食物繊維をとっても、酪酸の産生につながらないことが考えられるわけです。
腸内環境改善のためのアプローチとして、ビフィズス菌や乳酸菌などヒトに有益な効果を与える菌をとる「プロバイオティクス」、食物繊維やオリゴ糖など腸で有用菌の栄養源となる成分をとる「プレバイオティクス」、そしてこの2つを一緒にとる「シンバイオティクス」があります。しかし、腸内細菌による健康効果というのは、腸内にいる良い菌が体に良い物質を作り出すことで初めて得ることができます。その考え方から、私たちが食べたものを腸内細菌が分解・代謝して健康に有益な物質を作り出す「ポストバイオティクス」という新たな概念が提唱されるようになりました。これからは、腸内に良い菌がいるだけではなく、その菌がしっかり働くことができる環境作りの重要性を考えるような時代になってきているといえるでしょう。
油は“中身”も重要
油というのは「とり過ぎがよくない」のように量で議論されがちですが、“中身”も重要であることが分かってきました。
通常、私たちが実験動物を飼育するときに使うエサには大豆油が4%含まれています。ところが、卵アレルギーモデルのネズミに、大豆油から亜麻仁油に置き換えたエサを与えたところ、アレルギー症状が抑えられることが分かりました。この結果は、花粉症モデルのネズミにおいても同様でした。
亜麻仁油に多く含まれるαリノレン酸は、体内でEPAに代謝されます。私たちの研究で、亜麻仁油で飼育したネズミの腸管には、EPAから作られる17,18-EpETEという物質が増加していることが分かりました。さらに、大豆油で飼育したネズミに17,18-EpETEを化合物で投与したところ、亜麻仁油で飼育したのと同じようにアレルギー症状が抑えられました。つまり、ネズミでアレルギー症状が抑えられるメカニズムの1つとして、EPAから作られる17,18-EpETEが関わっていることが考えられるわけです。
しかし、ここにも個人差があり、EPAをしっかりとっていてもその代謝物を作ることができない人がいます。このような場合には、亜麻仁油や青魚を積極的にとってもEPAの代謝物が産生されないため、その代謝物がもたらす健康効果がなかなか期待できないということになります。
このように、健康に良いとされる食材であっても、その効果には個人差があります。その個人差の根拠が学術的に明らかになってくることによって、食品の健康効果が得られるかどうかを予測するAIシステムも開発できるようになってきました。食品の健康効果を予測できれば、効果が期待されない方への代替法などを提案できるようにもなってくるでしょう。
私たちは、遺伝的背景や腸内細菌の違いに基づいてその人に合った食事を提案できる“精密栄養学”の実践プラットフォームの構築など、健康な社会の実現に向けた研究を進めていきたいと考えています。
講演ダイジェスト動画
▽第26回ダノン健康栄養フォーラムの概要は、以下をご覧ください↓
┗ https://www.danone-institute.or.jp/forum/35562/