健康・栄養に関する学術情報
エンテロタイプと疾患
近年の腸内細菌叢研究では、構成微生物由来遺伝子(16SrRNA)をターゲットとして次世代シークエンサで解析し、伝統的な培養法での解析とは異なり微生物群集の多様性解析から論じ、旧来の有用菌(善玉菌)、有害菌(悪玉菌)というストリーとは異なる視点が示されている。京都府立医科大学グループは多人数の日本人の腸内細菌叢プロファイルと疾患との関連を報告した。本稿では昨年公表されたTakagiらのレポートの概略を以下に解説する。
当該論文は健常人(283名)の他、脂質異常、高血圧、糖尿、心血管疾患、肝疾患、腸疾患、炎症性腸疾患(IBD)、治療中・治療後の悪性腫瘍、内分泌疾患、自己免疫疾患、神経疾患、精神疾患など様々な疾患を持つ人を加えた総計1,803名の腸内細菌叢の属レベルでの微生物群集分布(クラスタリング解析)から5つのエンテロタイプに分けた。Type Aは未同定が最も多いものの内ルミノコッカスと再同定されたが多く、Type B、Cともバクテロイデスが多く分布するものの他の主要微生物群集から分けられている。Type Dはビフィドバクテリウム、ラクトバチルス、ストレプトコッカスなどの乳酸菌分布が多く、Type Eプレボテラが最も多いという特徴的な菌叢であった。
最も健常者の母数の多かったType Eのプロファイルをもとに各種疾患とのオッズ比を算出し、各種疾患との関連を検討した。健常者母数が2番目に多かったType BではIBDとの関連が認められたものの、他の疾患との間にはそのオッズ比に大きな差は見いだされなかった。また、健常者母数の少ないType A、Type C型、Type D型では様々な疾患との関連が示された。特に、Type Aでは循環器系疾患、神経系疾患、生活習慣病で、Type DではIBD、機能性胃腸障害との関連が示された。Type CとはIBDとの関連が示されたが、Type Dに比較して低かった。このような結果から食習慣、服薬などによって影響される腸内細菌叢のさらなるデータより、近い将来健康状態の把握にとどまらず、診断マーカーとなり得ると結論した。
考察では、改めて日本人にはビフィドバクテリウムが多かったとし、特にビフィドバクテリウムや乳酸菌分布の多いType Dについて多くを割いている。Type Dは循環器系疾患、肝疾患、IBD、機能性胃腸障害、精神疾患、生活習慣病などと高いオッズ比が示されたことについては、必ずしもビフィドバクテリウムあるいは乳酸菌優位な菌叢が様々な疾患の低減に結びついていないと考察した。また、先行研究での心不全、脂質異常症などの患者でも同様の傾向が報告されたことから、現状で類推されているからビフィドバクテリウムの機能的役割について疑義を示唆している。少なくとも、ビフィドバクテリウムが豊富に存在するような腸内環境は有害である可能性を示唆すると考察した。ビフィドバクテリウムや乳酸菌由来代謝産物の乳酸蓄積と大腸炎患者との関連や大腸アシドーシス、基質として利用する硫酸還元菌由来の硫化水素蓄積等による疾患との関連が推察されることが、Type Dのようような疾患との関連があると考察している。
なお、肥満との関連については各Typeと疾患とのオッズ比からは関連性は認められないにも関わらず、考察部でも一切触れられていない。肥満と食習慣の関連は否定のしようもなく、腸内細菌叢からの研究報告もあることから、著者らの記載の通り食生活をも含め、さらなるデータの構築が必要なものと考える。
プレバイオテクス、プロバイオテクスなどの摂食により一時的に菌叢改変がなされても、個々人の腸内細菌は長期に渡る食習慣が大きな要因となり、容易に変動しないことから、その食習慣調査は重要なことである。この点は著者らも触れているが、今回紹介した研究ではその食習慣については調査されていない。また、エンテロタイプと食餌に関する研究論文では世代あるいは地域のばらつきを考慮した被験者数の集積、食文化や生活習慣を含めた食餌調査等を加考えると必ずしも十分なものとは言えないことから、今後は前向き研究も含めた数多くのエンテロタイプ研究データあるいはそのメタ分析からの日本人のエンテロタイプの創出を望みたいものである。このメールマガジンの多くの読者の関心に期待し、新しい取り組みによる研究体制を望むところである。
参考
詳しくは下記をご参照ください。
Takagi, T. et al. Typing of the gut microbiota community in Japanese subjects. Microorganisms 2022, 10, 664.
https://doi.org/10.3390/microorganisms10030664