第24回ダノン健康栄養フォーラムより
フードテックは食の未来をどう変えるのか?宮城大学 食産業学群 教授
石川 伸一
フードテックとは、「生産・採取」→「加工・製造」→「流通・販売」→「調理」→「消費」→「消化・吸収」→「代謝」という、“食の流れ”全体をまかなう技術です。例えば、生産に関わる部分では代替タンパク質、加工や流通に関わる部分では調理ロボットや3Dフードプリンタなどがあります。さらに、私たちの健康に関わる部分では、ウェアラブル端末による健康データの取得やビックデータ化、AIによる健康アドバイスなどもフードテックに含まれます。生産分野では“アグリテック”、調理分野では“スマートキッチン”、健康分野では“ヘルステック”というような名称もありますが、それらをすべて含むものとして“フードテック”があると考えられます。
フードテックの勃興
フードテック勃興の背景には、世界の人口増加、たんぱく質需要の増加によってたんぱく質が不足する“プロテインクライシス”、SDGs、効率化への対応、ベンチャー投資、金融業界の後押しなど様々な要因があります。私たちの健康意識の向上や、消費者の利便性・簡便性のサポート、食の多様性への対応など、消費者へのメリットともいえる要因もありますが、フードテック勃興の背景としては前者の社会的・経済的・環境的な要因が大きく、消費者へのメリットはどちらかというと後追いです。そのことが消費者にフードテックが直接的に理解されにくい要因になっているのではないかと思います。
私たち現代人は、食に関する様々な価値観をまとっています。例えば、おいしさを重視する人もいれば健康を重視する人もいます。持続可能性やエシカルな消費を考えている方もいるでしょう。“十人十色”といいますが、食においては一人の中に様々な価値観を持ち合わせる“一人十色”といえるほど複雑なものであると思います。そして、それを叶える一つの手段としてフードテックがあるのだと考えています。
フードテックの進化予測
最近、メディアなどでよく“代替タンパク質”が取り上げられます。代替タンパク質は、植物性の原材料で作られた“植物肉”と、培養によって肉を作る“培養肉”に大別されます。
今後の食肉の消費の動向について、全体としては概ね年3%の割合で増加していくと考えられているものの、その中身を見てみると、私たちが普段食べている肉は2040年には全体の4割程度に減り、その代わり培養肉や植物肉が増えていくと予測されています。しかし、「培養肉を食べたいか?」と聞かれると、きっと多くの方が抵抗感を示すのではないでしょうか。実際、代替肉や代替タンパク質に関する調査でも、多くの方が「身体に良い/良さそう」というイメージを持っている一方で「わざわざ食べる必要がない」と考えていることが明らかになっています。人には、なじみのない食物を拒否する「食物新奇性恐怖」という行動特性があります。新しい食に抵抗感を示すのは私たちが雑食動物であるがゆえであり、フードテックによる食自体がそもそも不安の対象になり得るのです。
フードテックが生き残るためには、「過去から現在の食の歴史(食文化)に基づいているか」「感性工学・人間工学を踏まえているか(ユーザーフレンドリー)」「食べる側の心理的な影響(食物新奇性恐怖)を考えているか」「持続可能性(サステナビリティ)への配慮があるか」「倫理的・法的・社会的課題(ELSI)に対応した議論を進めているか」などが重要な条件となると考えています。
グローバル化の時代、日本が食分野で存在感を示すために
フードテックなどによる新しい食の話をすると、従来の食を否定しているように聞こえる方がいます。それは、「食」が思想的な側面を持っているからではないかと思います。新しいテクノロジーによる食を社会実装したいのであれば、それとは対極にある既存の食に対するリスペクトや、それらが一緒に生きていく“共存の道”をより強く示す必要があるでしょう。
デジタルアート集団「チームラボ」代表の猪子寿之氏は、「日本が世界に最も影響を与えているのは、科学でも産業でもなく、文化なのかもしれない」と述べています。食文化というのは日本の食の特徴です。グローバル化の時代に、日本が食分野でより存在感を示すためには、この日本の伝統的な食文化をフードテックとどうつなげていくかが大きな課題となるのではないかと思っています。