第24回ダノン健康栄養フォーラムより
日本と世界の食料問題
東京農業大学 副学長/国際食料情報学部 国際食農化学科 教授
「食と農」の博物館 館長
上岡 美保
世界の人口は、30年後には100億人を超えると予測されています。さらに、新興国の所得水準が向上することによって、食料需要はカロリー単価の安い穀物からカロリー単価の高い畜産物へと移行していく可能性があり、世界の食料需要は今後大幅に増加していくと考えられています。今から200年以上も前に、イギリスの経済学者マルサスは、著書『人口論』の中で「人口は幾何級数的(かけ算的)に増加するが、食糧は算術級数的(足し算的)にしか増加しない」と述べました。今、その言葉は現実味を帯びたものになってきています。
また、食料消費の状況に目を向けてみると、先進国を中心に消費段階における食品ロスが問題になっています。FAOの報告書によると、世界の食品ロス量は食料生産量の3分の1に相当する年間約13憶トンとされています。また、「飽食の国」日本における食品ロスの量は年間522万トン(家庭系247万トン+事業系275万トン)であり、これは世界の年間食料援助量の約1.2倍に相当する量です。これらの数字からも、現在の食料消費はエシカル(道徳的・倫理的)とは言えず、私たちの食生活の在り方を考える必要性を実感します。
日本の食生活の変遷
昔の日本の食卓のイメージは“家族がちゃぶ台を囲み、和食中心の食事をとる”というものでした。今はテーブルで洋風の食事をとり、家族も核家族が多いでしょう。食卓だけではなく、農村風景、食の流通・加工、生活スタイル、家族の在り方など、様々なものが短期間で変化してきたというのが日本の食生活の大きな特徴です。
食材を購入し、家で調理して食べる「内食」で育まれた家庭料理や家庭の味。地域の食材をその地域で消費する「地産地消」によって培われた地域ごとの郷土料理や伝統食、食文化。そして、四季折々にできる日本の食材を調理して食べる「国産国消」によって生まれた和食という伝統的な食文化。このような“当たり前(本来)”の食生活が“当たり前”ではなくなってきていると言えるでしょう。
2007年に、私は地域の伝統的な食文化の伝承について調べるために、東北のA町の小学校5・6年生全員を対象とした嗜好調査を行いました。60のメニューについて、「とても好き(5点)」~「全く好きではない(1点)」、「食べたことがない(0点)」の6段階で評価してもらった結果、子どもたちが好きなメニューは、フライドポテト、ピザ、グラタン、焼き肉、やきとり、ラーメンなど多国籍なものであることが分かりました。一方で、地域の伝統料理のほとんどは点数が低く、子どもたちはそれらをあまり食べたことがない、またはあまり好きではないということが分かりました。伝統料理以外でも、煮魚、野菜のおひたし、ひじき、野菜の煮物、煮豆、切り干し大根など日本の伝統的な食材を使った料理は、点数が低いものが多いという結果でした。A町は日本でも有数の農村地域なのですが、やはり伝統的な食というのは受け継がれなくなってきていることが見て取れます。なお、同様の調査を東京でも行いましたが、結果はほぼ同じ傾向でした。
これまでは、親から子、子から孫へ受け継がれる料理の技術や味がありました。地域でも、地産地消、行事食、伝統食が受け継がれてきました。そして、生産者と消費者の距離も非常に近いものでした。世代間、地域内、生産者と消費者など、様々な“つながりが”ある中では、敢えて食育を行う必要性もなかったかもしれません。しかし、この“つながり”がなくなっていく中では“知る機会”も失われ、様々な食や農の問題が顕在化してきたように思います。
私たちはこれからどう行動すべきなのか?
現在、日本の食料自給率(カロリーベース)は38%で、先進諸国と比べても最低の水準です。食料自給率が低いことは、食料の輸送に大量のエネルギーが使用されることによる環境負荷、安い農水畜産物がたくさん輸入されることによる国内農業への打撃、紛争など不測の事態による輸入ストップの恐れなど、私たちの生活に大きな影響を及ぼします。では、私たちは、食料自給率とどのように向き合っていけばよいのでしょうか?
そこで、食料自給率を上げる消費者行動のシナリオを考えてみました。食料自給率は「国内生産量/国民が消費する食料×100」と計算されます。1つの考え方は、分母の「国民が消費する食料」を「食べた食料+食べずに捨てた食料(食品ロス)」とすることです。食品ロスを減らすことで分母を小さくすることができ、食料自給率の向上につながると考えられます。しかし、食品ロスを削減しただけでは、農業の維持にはつながりません。そこで、もう1つの考え方として、分母を「国産食料+輸入食料」とします。国産国消や地産地消で日本の農業を応援し、現在輸入に頼っている部分をできるだけ国産でまかなうことによって、遊休農地や耕作放棄地の解消にもつながり、再生産が可能になります。分子を大きくすることによって食料自給率の向上につながるでしょう。
これらのことからも、私たち消費者には食と農を理解し、エシカルな消費を行うことが求められると言えます。環境に配慮された商品を買う、地域を意識した消費をするなど、身近なことでも十分です。このような一人一人のエシカルな消費が地域の農林水産業を支えることにつながるのです。
世界では異常気象や新型感染症のパンデミック、紛争・戦争と様々な問題が起こり、私たちの食生活にも大きく影響を及ぼしています。こうした中、日本のみならず、まず自国の農林水産業をしっかりと維持し、各国が食料安全保障を高めて、農業・農村の多面的機能を発揮していくことが重要であり、それこそがSDGsに貢献する第一歩だと考えています。
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