2022/10/14

Vol.227 (3) 健康・栄養に関する学術情報 「塩をどれだけ摂っていますか?」

 

メールマガジン「Nutrition News」 Vol.227
健康・栄養に関する学術情報
塩をどれだけ摂っていますか?

 今回は家森幸男先生(武庫川女子大学 国際健康開発研究所 所長)にご自身の研究成果の紹介をして頂きます。

 世界保健機関(WHO)は、世界の人々に塩の摂取は1日5gまでに、日本でも男女でそれぞれ7.5g、6.5g未満にするように勧めています。日本人は幸い平均寿命は世界でもトップクラスで、男女平均では84才ですが、自立して暮らせる健康寿命はそれより10年も短いのです。
 一体、何が原因なのか?世界中の方々の協力で、丸1日の尿を集めて貰い、調べたところ、上手な食べ方がわかってきました。毎日の食生活に少し気をつけて健康寿命は自分で延ばしましょう。

武庫川女子大学 国際健康開発研究所 所長 家森幸男 


1.
ゲノムは楽譜、人生の交響曲の指揮者はあなた!

 今から60年も前、私が医師になった時、脳卒中は日本人の死因の第一位でしたが、今でも寝たきりや認知症を増やし、健康寿命を10年も短くする一番大きな原因です。1960年代では脳卒中は年をとればなっても仕方がない病気とみなされました。脳卒中は人でしか起こらないので、脳卒中にならないためにはどうしたらよいか?その研究のためには人以外で脳卒中を起こす動物のモデルが必要でした。そこで実験に使える血圧の少し高めの雄と雌を交配して、6世代で全例が高血圧になる自然発症高血圧ラット(SHR,岡本、青木)が開発されたところでしたので、そのSHRの中で親が少しでも脳に出血や梗塞を起こして亡くなった仔や孫を継代して増やし、10年をかけてついに脳卒中(脳出血か脳梗塞)を確実に発症するラット、脳卒中易発症ラット(SHRSP)を世界で初めて開発しました。この遺伝的に脳卒中を必発するラットは、お味噌汁くらいの塩分1%の水で飼育すると23ヵ月で全例脳卒中になりますが、大豆や魚の栄養を与えておくと脳卒中が予防できることを初めて証明できたのです。栄養には脳卒中を起こす遺伝子を越えるゲノムプラスの力がある事がわかりました。たとえ、ご両親が脳卒中で亡くなられていても、そのゲノムを栄養が超える事が実証出来たのです。こうして“ゲノムプラス”の栄養学が生まれました。

2. マサイ族やチベットの方々など世界の人々のご協力で分かった食塩の害

 そこで、世界保健機関に国際共同研究を提案し、日本の30万人もの方々から2年がかりでWHOの研究を支援する御寄付をいただき、東京と出雲で国際会議を開き、1985年から世界61地域での20年をかけた健診を始めました。この健診では塩分摂取量の正確な判定のため、まる1日の24時間尿を簡単に集められる装置を日本で開発して、自由に日常生活をしている世界各地の男女各々約100人から採尿し、合計で14,000人の方の尿を集めました。その分析の結果、食塩摂取量が多いと血圧が高くなり、脳卒中の死亡率が多くなる事、食塩を全く使っていなかったマサイ族では高血圧が殆どなく、一方、海抜3,700mの高地に暮らし、保存食や塩茶、バター茶からの食塩摂取が世界一多いチベット族では、重症の高血圧の方が4割もおられ、突然死も多い事がわかりました。塩分の過剰摂取で高血圧が多くなり、脳卒中死亡率は確実に増えるが167g以下の塩分摂取では脳卒中死亡率が低い事が証明されました。

3. 和食は令(美しい)和(バランス)食、この令和食の長所と短所は?

 さらに、世界中の24時間用のバイオマーカーの分析から、栄養の摂取を評価し、尿に出て来る大豆と魚の栄養のバイオマーカーの正確な分析から、世界中の人々の大豆と魚の摂取する量を少ない方から多い方まで5分割し、5×525分割した所、両方とも最も多く摂っている25分の1の群には、日本人が9割、どちらも最低の群には日本人は0でした。これで和食の特色が、大豆と魚を共に世界一多く摂っている事と初めて分かりました。一方、世界調査では大豆と魚を多く摂っている地域ほど、寿命を決定する心筋梗塞の死亡率が明らかに低く、日本人の世界一の平均寿命はまさに大豆と魚を一番多く摂っていて、先進国の中で心筋梗塞の死亡率が最も低い事によると分かりました。しかし、「大豆や魚を良く食べている食習慣の人々ほど食塩の摂取量が多い」という明らかな欠点のある事も証明されたのです。

4. 賢く和食を食べれば認知症を防げるか?

 そこで、21世紀の日本人の健康を願って2001年に全国で始まった「健康日本21」の一環として兵庫県の県民運動で24時間尿を分析しました。大豆、魚を食べている兵庫県民は、ビタミンBの一種の葉酸が多いのです。葉酸は、妊婦の方々が胎児の神経系の発達に必要な栄養として摂取しますが、最新の研究では、加齢による脳の萎縮が抑えられ、認知症も防げる可能性もある事が分かりました。しかし、大豆と魚の両方を多く摂っている一方で日本人は明らかに塩分摂取が145gも多く、その為に脳卒中が4-5倍も発症しやすくなるのです。そのような栄養状況から日本人は心筋梗塞が少なく平均寿命は世界のトップなのに今なお脳卒中も多いため、寝たきりや認知症も多く、健康寿命が世界一長い平均寿命より10年も短いのです。日本の現在の中学生・高校生の半数は将来100才を超え、その平均寿命は107才で、世界一長寿になるとの推定もあります。今の中高生が将来100才を元気に超える為には、今から適塩での食習慣を身につける必要があります。そのためには、尿をチェックして自分の塩分摂取量を知り、「適塩和食」で大豆と魚を食べ、食塩の害を抑える野菜や塩分の少ない乳製品を賢く食べる食習慣を身につけて、健康寿命を自分で延ばし、元気な百寿を楽しみましょう。

 

参考

詳細は下記論文をご参照下さい。

Yukio Yamori, Miki Sagara, Yoshimi Arai, Hitomi Kobayashi, Kazumi Kishimoto, Ikuko Matsuno, Hideki Mori, Mari Mori
Soy and fish as features of the Japanese diet and cardiovascular disease risks
PLOS ONE April 21, 2017

 

本論文はオンライン公開されており無料で閲覧出来ます。
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0176039

 

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