第22回ダノン健康栄養フォーラムより
日本食の健康有益性~主食の意義を考える~
東北大学大学院 農学研究科 生物産業創成科学専攻 食品機能健康科学講座 食品化学分野 准教授
都築 毅
日本人が健康長寿である理由は、私たちが普段食べている食事「日本食」に起因すると考えられています。日本食の主な特徴として、低カロリー・低脂肪であること、植物性食品や魚、発酵食品、海藻、緑茶などを多く摂取すること、そして、これらの食材が健康有益性の高い成分を多く含むことなどが挙げられます。しかし、現代の日本人の食事は「食の欧米化」の影響を受けており、また、生活習慣病も問題となっています。そこで私たちは、どの年代の日本食が健康有益性に優れているのかを明らかにするために、国民健康・栄養調査等を参考に1960年、1975年、1990年、2005年の平均的な献立を作り、それを実際に調理したものを凍結乾燥粉砕し、マウスに与える実験を行いました。
年代ごとの日本食の特徴と老化への影響
2005年の食事は「朝食にトースト」「昼食にハンバーガー」のように欧米の影響を受けたものが多く、重量当たりの脂質の割合が最も高いという特徴がありました。1990年は、2005年の献立と大きくは変わらないものの、重量当たりのエネルギーはやや減っていました。また、カレイの煮つけのように、魚1匹まるまる食べるような食べ方は、この時期を境にあまり見られなくなったと言われています。1975年の食事は、ごはんの摂取頻度が非常に高いのが特徴です。欧米の影響を受けつつも魚や海藻をよく食べていたり、調理法でも「煮る」のような水を使った調理法が他の年代よりも多いという特徴がありました。1960年では、ご飯の頻度だけでなく量も多くなります。一度に食べるごはんの量は今の2~2.5倍だったというデータとなっています。さらに、おかずの量が少なく味が濃いのがこの年代の食事の特徴です。
まず、グレーディングスコアによって見た目の老化の評価を行いました。脱毛、毛並みの乱れ、眼の周りのただれなどの老化兆候に対して0~4点でスコアをつけ、合計点数が高いほど見た目の老化が進行していると評価します。結果、最も見た目の老化が進行したのは2005年の食事を食べた群でした。それに比べて、最も見た目の老化を遅延していたのは1975年の食事を食べた群でした。次に、脳の学習記憶能を調べたところ、1975年の食事を食べた群で最も学習記憶能が維持されていたという結果となりました。また、1975年の食事を食べた群では統計学的に有意に寿命が延伸していました。つまり、1975年の食事が、最も老化に対して遅延効果があることが分かったわけです。
日本人の健康な食事を支える5つの柱
1975年の食事は今の食事に比べて何が良いのでしょうか。各年代の食事に含まれる成分を測定したところ、1975年の食事の特徴として、魚、果物、野菜、海藻、大豆食品、発酵系調味料、緑茶等が重要であることが考えられました。さらに、何か一つの食品だけに偏って食べるのではなく、いろんなものを少しずつ食べるような食べ方が重要であることも分かりました。これらの研究結果から、私たちは、健康的な日本人の食事には次の5つの柱があるのではないかと考えました。
- 多様性:色々な食材を少しずつ食べる
- 調理法:「揚げる」「炒める」等より「煮る」「蒸す」「なま」
- 食材:大豆、魚、野菜、果物、緑茶、海藻、きのこ等を積極的に。卵、乳製品、肉等も適度に摂取
- 調味料類:だしや発酵系調味料を上手に利用
- 形式:主食(米飯)と汁物のセットをそろえる
長期の糖質制限が老化に及ぼす影響
昨今、食事の量を変えることなく炭水化物の量を制限し、その分をたんぱく質と脂質で補う“糖質制限”が注目されています。短期間の糖質制限については、多くの論文で安全性や有効性が報告されています。私たちは、長期間の糖質制限の影響について検討するため、老化促進モデルマウスを通常飼育食、高脂肪食、糖質制限食で飼育し、老化に及ぼす影響を評価しました。それぞれの食事に占める炭水化物のエネルギー比率は、通常飼育食で約64%、高脂肪食で約35%、糖質制限食で約19%です。炭水化物のエネルギー比率が19%というのは、1日3食すべてにおいて主食を完全に抜き、菓子類や飲酒なども全部やめるような“不可能ではないけれど、結構きつい”糖質制限のレベルです。
実験の結果、最も大きな影響が表れたのが見た目の変化でした。通常飼育食群ではあまり変化がないのに対して、高脂肪食群では毛並みが悪く、糖質制限食群では非常に毛の密度が粗い上に毛並みも悪く、体格もやせ気味であるなど、様々な面で老化が進行しているように見受けられました。グレーディングテストの結果も、糖質制限食群では他の群に比べて値が有意に高く、糖質制限を行うと見た目の老化が促進されることが示唆されました。表皮、真皮の厚さも、通常飼育食群に比べて糖質制限食群で有意に薄く、皮膚の老化の進行も見られました。さらに、糖質制限により脳の学習記憶能の低下が認められました。実際に脳の過酸化脂質量も糖質制限食群で有意に増えていたことから、皮膚だけでなく脳の老化も糖質制限で促進されたのではないかと考えられます。私たちは、これらの要因としてオートファジーが抑制されたことや、腸内細菌叢が変化したことなどを考えています。
今回の実験では、非常に強い糖質制限を行い、このような結果が得られましたが、糖質制限の程度による違いはどうなのか、摂取する糖質の種類によって差があるのか等の疑問が残ります。現在は、それらについて明らかにするべく研究を進めており、砂糖に比べてデンプンで老化が促進されにくいことや、糖質制限を緩和すると老化を促進するような結果も起こらなくなること等を明らかにしつつあります。糖質制限には、まだ分かっていないことが多々あります。今後も研究を進め、主食の適量についても明らかにしていく必要があると考えています。