2013年度ダノン学術研究助成金受贈者による研究報告
母乳育児による小児肥満抑制効果のメカニズムに関する基礎的研究 -母乳脂質による脂肪細胞分化の観点から-
浜松医科大学 小児科学教室
藤澤 泰子 先生
多くの脂肪細胞は、胎児期後期から新生児期にかけて前駆脂肪細胞から成熟脂肪細胞へと分化すると考えられています。この時期の栄養の動向は、分化過程にある脂肪細胞に強く影響を与え、成熟脂肪細胞の量および質を決定します。これにより、脂肪細胞は生体にとって望ましい細胞であるか、肥満に伴う疾病を惹起する細胞であるかが決定されます。よって母乳の小児肥満への抑制効果は、児の脂肪細胞への直接的作用により発揮されている可能性が考えられますが、これまで基礎的研究はほとんどなされていません。われわれは、これまでの研究より明らかになった母乳脂質による3T3-L1前駆脂肪細胞分化誘導効果に着目し、研究を行いました。
要旨
本研究によって明らかにしたことは、以下の項目である。①母乳は、全乳にて3T3-L1前駆脂肪細胞分化誘導作用を示し、脂肪分を除去するとその作用は消失した。またこの分化誘導作用は、標準的な脂肪細胞分化誘導剤(インスリン、デキサメサゾン、IBMX)による作用を増強した。②母乳抽出脂質成分は、標準的な脂肪細胞分化誘導剤の非存在下において、単独で前駆脂肪細胞分化誘導効果を示した。また母乳脂質によって分化誘導された脂肪細胞は、最終的に成熟脂肪細胞に特徴的な遺伝子群が十分に発現誘導された。①および②は、人工乳には認められなかった。
また、本研究中に試みたことは以下の項目である。①質量顕微鏡による脂肪滴の主な構成成分である中性脂肪の解析。研究期間内には、質量顕微鏡に供する細胞培養サンプルの調製法を確立した。成熟脂肪細胞における脂肪滴内の中性脂肪は、複数の異なる脂肪酸により構成される中性脂肪によるヘテロジェニックな脂質組成であることは明らかとなったが、それぞれの脂質局在を解析するためにはさらなる条件設定が必要な状況である。
本研究により明らかとなった母乳脂質に特異的な脂肪細胞への分化誘導効果は、以下の可能性を示唆する。脂肪細胞は、主に前駆脂肪細胞の段階にてその数を増やし、分化後の成熟脂肪細胞は活発な増殖をしない。母乳が生後早期の児において、増殖能力の高い前駆脂肪細胞を積極的に成熟脂肪細胞に誘導することは、脂肪細胞数の増加を抑制することに繋がる。このことはすなわち肥満に進展しにくくなる可能性を示す。
本研究の結果を踏まえて、さらに解析を進めることにより、母乳の肥満進展抑制効果に関する科学的根拠が提示されることが予想される。