講演1

座長
公益財団法人ダノン健康栄養財団 顧問
高野 俊明



「畜産物の栄養価とそれを支える生産システム」
京都大学大学院 農学研究科 応用生物科学専攻 畜産資源学分野 教授
廣岡 博之
 

 これまで大学の講義の最初に、欧米の先進国では畜産は農業の中で最もメジャーな産業で、畜産学も花
形の学問であると述べてきた。しかし、近年、欧米を中心に畜産に関わる様々な問題が議論されるように
なり、畜産物の摂取そのものを減らそうとする運動さえも起こっている。しかし、家畜と畜産物は本当に
不要で、減らすべき対象なのであろうか。本講演ではこれまで畜産学に関わり、畜産物が大好物である演
者が専門家の視点から、畜産物の栄養と畜産由来の環境負荷について述べる予定である。
第 1 の論点は、人類と食肉との関連である。霊長類は、約 600 万年前には果実や植物の豊富なアフリ
カの熱帯林に住んでいたが、約 200 万年前に地球規模の気候変動が起こり、生き残ったものがサバンナ
地帯に移動し、そこで草食動物を狩りして、そのような動物の肉を食べ始めたものが人類の直接の祖先に
なった。
第 2 の論点は、人間の健康と畜産物摂取の関係である。畜産物の摂取による生活習慣病などの健康への
影響については研究成果からいまだ統一見解は得られていない。日本人は、戦後、体格もよくなって寿命
も延びた。この要因として食の西洋化が大いにこれに貢献したと考えられる。適度な畜産物の摂取は健康
にプラスに働くと考えられる。畜産物は、世界の摂取エネルギーの 18%、タンパク質の 25%に貢献して
おり、ビタミン A、ビタミン B12、カルシウム、鉄、亜鉛などの重要な供給源となっている。同じタンパ
ク質でも畜産物に含まれるタンパク質中のアミノ酸は植物由来のタンパク質よりも栄養価が高いことが
知られている。
第 3 の論点は、食料と飼料との耕作地をめぐる競合の問題で、家畜が人間の利用できない草資源を利用
するならば、必ずしも非効率とは言えず、畜産物のタンパク質の良質さを考慮すれば、畜産物の摂取は正
当化されることもありうることは知っておく必要がある。
第 4 の論点は、ウシの消化管発酵由来のメタン排出についてである。ここで前提として踏まえておくべ
きは、ウシがメタンを出すのは生理的機能で、ウシが生きるためには必要不可欠である点である。日本に
おけるウシの消化管発酵由来のメタンなどの温室効果ガスへの関与は、世界と比べて非常に小さい。しか
し、地球の大気は人類全員の共有財産で、メタンは目に見えないうえに、大気中に放出されると発生源と
発生量の特定は困難である。現在、世界中でこの方面の研究が盛んに行われ、近い将来、効率の良いメタ
ン低減のための技術の確立がされるであろう。
最後に、家畜化された動物はほんのわずかで、家畜化されなかった動物は絶滅したか、絶滅危機で動物
園でしか見られないという事実を見逃してはいけない。

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