講演2
座長
神奈川県立保健福祉大学 学長
中村 丁次
「腸内細菌とメタボリックシンドローム」
神戸大学大学院医学研究科 内科学講座 循環器内科学分野 准教授
山下 智也
世界で最も長生きの国に暮らす我々は、長寿であることを当たり前と思って過ごしています。実際には、遺伝的要因・日本の食を含めた生活習慣・健康への高い関心・乳児死亡が少ないなどの環境要因・恵まれた保険医療制度など様々な要因が関係しています。それでは、現在の日本人は何で死亡するのかご存知でしょうか? 日本人は、2人に1人が「がん」になり、3人に1人が「がん」で死亡し、これが死因の第1位です。そして、心臓病・脳血管障害という主に「動脈硬化」が関係する病気によって4人に1人が亡くなっています。本講演は、この死亡原因の第2位の疾患「動脈硬化」を中心とした生活習慣病に関するお話です。
日本は高齢化先進国です。その高齢化にも関係し、心筋梗塞を代表とする動脈硬化性疾患の重症患者の増加、厚生労働省が心不全パンデミックと名付けた高齢心不全患者の増加、それに関連した医療費高騰の問題が顕著となり、臨床現場でも実感します。そして、その動脈硬化の基盤になるのが高血圧・脂質異常症・糖尿病であり、それらの要素を少しずつ保持するメタボリックシンドロームです。そして、これらは生活習慣病と呼ばれる通り、かなり患者の生活習慣、すなわちその人の当たり前と思っている行動や習慣が影響するわけです。逆に、当たり前と思い込んでいるので、変えることが難しいという現実もあります。そして医学的には、これらの疾患の治療やコントロールを行うけれど、必ずしも心血管イベントの抑制が有効にできないという問題もあります。慢性心不全も、治療の継続にも関わらず繰り返し入院加療が必要となり、次第に悪化していくことが多く、有効な予防法は確立されていません。以上の社会背景の中で、新規の疾患予防法の開発や、生活習慣を変容させる疾患管理方法の提案を行うことが必要です。
近年の腸内細菌研究の目覚ましい発展により、医学分野でも腸内細菌が様々な疾患発症に関与していることが明らかにされつつあり、生活習慣病と腸内細菌との関連がさかんに研究されています。腸内細菌研究には、長い歴史が存在するのですが、なぜ今注目されて研究されるのかというのにも理由があり、遺伝子工学・次世代シークエンサーなどの発達により、やっと網羅的な解析ができるようになったからです。腸内細菌叢のタイプが肥満やメタボリック症候群などの全身性疾患の発症に関連するという報告があり、疾患の診断への利用や新しい治療標的として注目されています。
我々は、動脈硬化の抗炎症免疫療法を探索する中で、腸管免疫修飾により動脈硬化が予防できることを示し、「腸と動脈硬化」の関係性を報告しました。その後、腸管免疫に関係する腸内細菌叢に注目するようになり、特に冠動脈疾患と腸内細菌との関係を臨床研究にて明らかにしました。冠動脈疾患になりやすい腸内細菌叢のタイプがわかり、さらに詳細な菌種の調査で、動脈硬化を予防したり悪化させたりする腸内細菌を同定したいと考えています。そして将来は、腸内細菌叢を検査して、診断や疾患の発症予測に使用することも想定できますし、悪い菌を除菌したり、良い菌を増やすような疾患予防法につながる可能性もあります。生活習慣の一部である食の変容や、健康食品の利用によって腸内細菌を変化させる動脈硬化予防法を提示できれば、医療費の削減にも結びつき、現状の優れた保険医療制度を守ることにつながると考えています。講演の中では、世界で行われている腸内細菌に注目した疾患の研究を我々のデータを含めて紹介して、今後の展望を述べたいと思っています。