講演1
座長
公益財団法人ダノン健康栄養財団 代表理事/新百合ヶ丘総合病院消化器・肝臓病研究所 所長
井廻 道夫
「腸内細菌とストレス」
東北大学大学院 医学系研究科 行動医学 教授
福土 審
腸内細菌がストレス関連疾患に大いに関係することが判ってきている。腸内細菌は、ストレス負荷による変容を受け、種類が減り、その減少はもともと少数派の菌群で顕著である。齧歯類にストレスを負荷すると、粘膜透過性が高まり、内臓知覚過敏が生じる。粘膜透過性の亢進と内臓知覚過敏は過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome;IBS)の特徴的な病態生理である。
IBSは、代表的なストレス関連疾患である。IBSは、国際的診断基準のRomeIV基準において、以下のように定義されている。即ち、「腹痛が、最近3ヶ月の中の1 週間につき少なくとも1日以上は生じ、その腹痛が、①排便に関連する、②排便頻度の変化に関連する、③便形状(外観)の変化に関連する、の3つの便通異常の2つ以上の症状を伴うもの」である。更に、便通異常がある時のBristol便形状尺度の頻度に基づき、IBSを、便秘型(IBS-C)、下痢型(IBS-D)、混合型(IBS-M)、分類不能型(IBS-U)の4型に分類する。
IBSの病態を形成する因子として重要なのが腸内細菌である。古典的培養法だけでなく、polymerase chain reaction(PCR)にて16S rRNA配列が解析され、次世代シークエンサーにより、更なる成果が得られつつある。健常者及びIBSの各型群で優勢菌叢に差が見られ、健常者はLactobacillusとCollinsella、便秘型はRuminococcus、下痢型はStreptococcus、混合型はBacteroidesとAllisonellaが優勢と報告されている。われわれの成績では、IBS患者では、健常者よりもLactobacillusならびにVeillonellaが多く、酢酸、プロピオン酸、総有機酸の濃度が高く、これらが高値であるほど重症化した。IBSの腸内細菌のメタゲノム解析は更に進み、解析個体数も増えている。その研究では、酪酸産生菌がIBS-DとIBS-Mで減少しており、治療薬の影響を除外したIBS患者全体ではメタン産生菌も減少していた。
ストレス負荷によるIBS様病態は、非吸収性経口抗生物質rifaximinの投与により、正常化する。このことから、ストレスによるIBS様の病態の一部が腸内細菌を介していることが示唆される。実際に、IBSにおいて、非吸収性経口抗生物質のrifaximin、プロバイオティクスの無作為比較臨床試験が公刊され、いずれも有効性が報告されている。腸内細菌が脳腸相関を介して中枢に作用する成績も報告されている。Bifidobacterium animalis subsp Lactis, Streptococcus thermophiles, Lactobacillus bulgaricus, Lactococcus lactis subsp Lactisの混合プロバイオティクス入りの乳製品飲料を健常者に4 週間飲用させ、脳の機能的磁気共鳴画像(fMRI)を見た研究である。試験前後を比べると、島皮質、体性感覚野、中脳水道周囲灰白質の活動が、無介入群は増加、プロバイオティクス抜きの乳製品飲料群は不変、プロバイオティクス入りの乳製品飲料群は減少した。島皮質もしくは体性感覚野と中脳水道周囲灰白質の領域間結合は、無介入群が強い陽性相関、プロバイオティクス抜きの乳製品飲料群が弱い陰性相関、プロバイオティクス入りの乳製品飲料群が強い陰性相関を示した。プロバイオティクスを用いて腸内細菌を変容させると、脳腸相関を介して脳機能も変容させることが示唆される。
腸内細菌とストレスに関する今後の更なる研究の進歩が期待される。