基調講演
座長
東京農業大学 応用生物科学部 栄養科学科 教授
清水 誠
「腸内細菌と免疫」
東京大学名誉教授
上野川 修一
腸内細菌について
細菌類が地球上に出現したのは30億年から42億年前と推定されている。全生物の共通の祖先が真正細菌、古細菌などに進化したと考えられている。腸内細菌はこの真正細菌に属している。
この腸内細菌を初めて観察したのはオランダ人アントニー・ファン・レーエンフック(1632-1723)である。自らがつくった顕微鏡で便中に微小生物(腸内細菌)を見つけている。また腸内細菌のなかにも見出されている乳酸菌について、その性質や働きを明らかにしたのはフランス人ルイ・パスツール(1822-1895)である。
現在、腸内(特に大腸)には約100兆個、約1,000種の嫌気性菌が見出されている。ヒトの腸内細菌として、グラム陽性のビフィドバクテリウム、ラクトバチルスなど、そしてグラム陰性のバクテロイデス、そして大腸菌などが代表的である。
腸内細菌の多くはヒトをはじめ宿主の免疫系その他の生体機能の発達に役立っている。また腸内細菌も宿主から食と住を得ている。相利共生である。しかし腸内細菌叢は年齢、食生活、ストレスなどの影響で変動する。
腸管免疫系について
ヒトの腸管には多くの免疫細胞や抗体が存在している。からだ最大の免疫系であるとされている。
小腸の免疫系を構成しているのは腸管上皮細胞間リンパ球、パイエル板、腸間膜リンパ節、粘膜固有層など腸管に特有の細胞や器官である。病原性細菌や病原性ウィルスが小腸に侵入すると、パイエル板中の免疫細胞である抗原提示細胞(主として樹状細胞)とT細胞の協力によりB細胞がIgA抗体産生細胞に分化する。
この細胞は腸管粘膜、唾液腺、涙腺などの粘膜に輸送され、そこでIgAを産生し、病原性細菌やウィルスの体内への侵入を防いでいる。腸管でつくられる抗体ではIgAが最も多い。
腸管免疫系の発達には腸内細菌が関与している。すなわち無菌マウスと通常マウスの比較から胎児期の腸管免疫系のパイエル板のIgA産生細胞数も少ないことが知られている。しかし、その後成長するにともない、腸内細菌の協力を得て腸管免疫系は完成する。腸内細菌は腸の免疫系の形成に重要な役割を果たしているのである。
腸内細菌と免疫系との対話
腸内細菌は腸管の免疫系と相互作用する。相互作用は腸内細菌の成分(ペプチドグルカンなど)と免疫系細胞上の受容体(トル様受容体─10種類ある)が関与している。両者の結合の量的あるいは質的な変化が免疫応答の変動に関係していると考えられている。
上記した腸内細菌と免疫細胞の相互作用の結果、多くの場合サイトカインと呼ばれるたんぱく質が分泌される。このたんぱく質が免疫反応の方向を調節している。
腸共生系の破綻と修復
共生している腸内細菌は免疫系の活性化、そして安定化に大きく貢献している。しかし共生の破綻は生体へ悪い影響を与える。
すなわち無菌動物や病態動物を用いた研究により腸内細菌の生理状態への影響について多くのデータが集積し、またヒトにおける健常状態と疾病状態の腸内細菌叢の比較から腸内細菌叢の変動と疾病罹患リスクの増大との関係が報告されるようになっている。
腸内細菌叢の通常の状態からの逸脱(破綻)が疾病リスクの増大をもたらす可能性のあるケースとして、感染症、アレルギー、自己免疫疾患、炎症性腸疾患、肥満、動脈硬化、ストレス性疾患、便秘そしてさらに行動や脳神経系疾患など広い範囲のものが知られている。
このような腸内細菌叢の正常パターンからの逸脱には栄養不足、加齢、ストレス過剰などの異常変化が関係しているとされている。
また、これら疾患の修復を目的としてプロバイオティクスやプレバイオティクスによる逸脱した腸内細菌叢の修復について、動物実験やヒト臨床実験が進行中である。