講演3
座長
公益社団法人 日本栄養士会 会長
神奈川県立保健福祉大学 名誉学長
中村 丁次
「食による免疫調節と腸内細菌」
東京大学大学院 農学生命科学研究科 食の安全研究センター
免疫制御研究室 教授
八村 敏志
摂取した食品成分は腸管から吸収されるが、この腸管には最大級の免疫系が発達している。食品成
分は、この腸管を介して、免疫系に作用し、種々の免疫調節作用を発揮する。一方で、腸管には多く
の腸内細菌が生息している。従って、食品成分の免疫調節作用は、食品成分が腸管細胞、腸管免疫系
の細胞に直接作用する場合以外に、腸内細菌やその代謝物を介して間接的に作用する場合がある。
例えば、摂取することにより腸内細菌を調節し、よい健康効果が期待できるプレバイオティクスで
ある。かねてよりプレバイオティクスとしてよく知られていたのが、フラクトオリゴ糖等のビフィズ
ス菌を増やす食品成分だった。現在では、糖類を中心に多くの食品成分が腸内細菌を調節しうること
が示されている。例えばマウスの実験で高食物繊維食摂取により腸内細菌代謝物の酪酸が増加し、炎
症抑制作用を有する制御性T 細胞が誘導されることが示され、酪酸のはたらきが注目されている。ま
た、脂肪酸の代謝物がアレルギーを抑制する報告もある。一方で、摂取することにより有用な効果が
ある生きた微生物はプロバイオティクスと呼ばれるが、もともと健康な人の腸内から分離された乳酸
菌などを用いることも多く、その意味では腸内細菌の利用といえよう。乳酸菌の摂取としては、アレ
ルギー抑制、感染防御能の増強といった例が知られている。
肥満や糖尿病といった生活習慣病も、脂肪組織や全身における慢性炎症という形で免疫系が関わる
ことが指摘されている。私どもは最近生活習慣病に関わる慢性炎症の腸管免疫系を介した制御法の研
究に取り組んでおり、素材によりはたらき方が異なることを見出した。ハーブ成分のβ-elemene の
経口投与は、腸管樹状細胞に直接作用し制御性T 細胞を誘導することにより、肥満における脂肪組織
の炎症を緩和した。一方、乳酸菌の経口投与の場合、腸内細菌の調節、腸管炎症の抑制、腸管バリア
機能の増強が、肥満による脂肪組織の炎症緩和につながることを明らかにした。すなわち同じ脂肪組
織における炎症緩和によっても、素材によって、直接腸管細胞、免疫細胞へはたらきかける場合と、
腸内細菌を介する場合が考えられる。さらに、乳酸菌摂取ではバリア増強効果が回腸において最も強
かった。回腸は、投与された乳酸菌が直接細胞に作用し、さらに腸内細菌やその代謝物も作用しうる
部位であり、その両者の協調作用の重要性が示唆される。
食品成分は腸内細菌やその代謝物を介して免疫系に作用し、感染や免疫疾患だけではなく、生活習
慣病を含めさまざまな形で私たちの健康に影響を及ぼしている。